中国と日本ではたらき自由を目指すビジネスマン

10年8月~17年4月、中国上海で広告の仕事。17年5月に日本へ帰国、中国×金融×マーケティング。自己研鑽を重ね49歳に完全自由を得る過程を綴る。

薄煕来って誰?どんな人?薄煕来の履歴書

hakukirai

ヤフートピックスでも出ていましたが、薄煕来という中国の大物政治家が

無期懲役の判決を受けるニュースが出てきました。

さて、薄煕来とはどんな人なのか?

履歴書風に書いてみました。

 

薄煕来の履歴書

名前

薄煕来

生年月日

1949年7月3日生まれ

2013年現在で64歳

戸籍

山西省定襄県

2013-09-22_2047

北京市から南西へ約340km程度のところ。

生まれたのは北京。

民族

漢民族

 

学歴

1968年(18歳)

北京市第四中学校(恐らく日本でいう高校)を卒業

1969年(18歳)-1972年(21歳)

文化大革命により農村へ送られ労働

父である薄一波が有力者であったため。

 

1972年(21歳)-1978年(28歳)

北京市第二軽工業局五金機修工場の労働者として勤務

 

1978年(28歳)-1979年(29歳)

北京大学歴史学部世界史学科入学及び卒業

 

1979年(28歳)-1982年(33歳)

中国社会科学院国際新聞学科大学院へ入学及び卒業。

修士の学位を得る。

この間の1980年(29歳)に中国共産党へ入党。

 

職歴

1982年(33歳)-1984年(35歳)

中央書記処、中央オフィス庁幹部

 

1984年(35歳)-1988年(39歳)

遼寧省金県の県委員会副書記、書記と

大連市金州区委員書記

を務める。

 

1988年(39歳)-1989年(40歳)

遼寧省大連市常務委員、宣伝部長を務める。

 

1989年(40歳)-1992年(43歳)

遼寧省大連市常務委員、副市長を務める。

 

1992年(43歳)-1993年(44歳)

遼寧省大連市常務委員、市長代理を務める。

 

1993年(44歳)-1999年(50歳)

遼寧省大連市常務委員、市長を務める。

 

1999年(50歳)-2000年(51歳)

遼寧省常務委員、大連市書記兼市長を務める

 

2000年(51歳)-2001年(52歳)

遼寧省委員副書記、省長代理を務める。

 

2001年(52歳)-2004年(55歳)

遼寧省委員副書記、省長を務める。

 

2004年(55歳)-2007年(58歳)

中央政府の商務部長に就任。

商務部は日本でいう経済産業省のようなもの。

部長職は大臣に相当。

 

2007年(58歳)-

党中央政治局委員に選出。

更に重慶市党委書記に任命。

重慶市で手腕を発揮し、重慶市民の支持を得る。

 

2012年3月15日(63歳)

共産党中央政府が薄煕来の重慶市党委書記再任しないことを決定(失脚)